「ユーザーの離脱ポイントが特定できない」「サービス改善の優先順位がわからない」「部門によって顧客への認識がバラバラだ」。
これらの課題は、顧客がサービスと接する一連の「旅(ジャーニー)」を、企業側が客観的かつ一貫した視点で把握できていないことに起因します。
この顧客の「旅」を可視化し、顧客体験(CX)の改善と顧客生涯価値(LTV)の最大化に繋げるための戦略的ツールこそが、顧客ジャーニーマップ(Customer Journey Map: CJM)です。
CJMは、単なる図ではなく、顧客の「行動」「思考」「感情」を時間軸で捉えることで、データだけでは見えない「隠れた不満(ペインポイント)」や「期待を超える瞬間(喜びの瞬間)」を発見するための羅針盤となります。
本記事では、CJMの基本から、データに基づく具体的な作成ステップ、そして作成したマップをLTV向上にどう結びつけるかという応用戦略、さらには日本企業の成功事例までを徹底解説します。この記事を読み終える頃には、あなたは顧客の心に深く寄り添った、真に価値のあるCX戦略を設計できるようになるでしょう。
顧客ジャーニーマップ(CJM)とは?顧客体験を可視化する戦略的ツール
顧客ジャーニーマップとは、ある特定のペルソナ(顧客像)が、製品・サービスとの接点(タッチポイント)を通じて、最終的なゴール(購買、利用、推奨など)に到達するまでの一連のプロセスを、顧客の視点から時系列で図示したものです。
CJMが「事業の共通言語」となる理由:部門間の連携と課題の明確化
CJMを作成する最大の目的は、以下の2点にあります。
- 顧客視点の共通化:営業、マーケティング、開発、サポートなど、部門ごとに断片的に持っていた顧客像や課題を、一枚のマップとして統合し、組織全体の共通認識とします。
- 改善点の特定と優先順位付け:顧客の感情の起伏を可視化することで、最も改善効果の高い「ペインポイント」が明確になり、施策の優先順位をデータと顧客の気持ちに基づいて決定できます。
CJMは、部門ごとの個別最適ではなく、全社的な顧客体験の最適化を目指すための必須ツールです。
【実践】顧客ジャーニーマップ作成の5ステップと構成要素
CJMは、以下の5つのステップで、客観的なデータに基づいて作成します。
ステップ1:ターゲット顧客を明確にする「ペルソナ」設定とデータ収集
CJMの土台は、「誰の」旅を描くかを明確にすることです。
- ペルソナの定義:年齢、職種、興味だけでなく、「その製品・サービスを利用する目的や動機、ITリテラシー」といった、行動に関わる詳細な情報を定義します。
- データ収集:マップの客観性を担保するために、定量データ(Webアクセス解析、CVRデータ)と定性データ(顧客インタビュー、アンケート、サポートログ)を収集し、ペルソナの行動を裏付けます。
ステップ2:購買プロセスを定義する「ジャーニーの骨格」
顧客の旅を、フェーズ(段階)とタッチポイント(接点)という二つの軸で定義します。
- フェーズ:例として「認知」「情報収集」「比較検討」「購入」「利用」「推奨」といった、顧客の心理的な態度変容を示す段階を設定します。
- タッチポイント:各フェーズで顧客が実際に企業と接する場所(例:SNS広告、検索エンジン、LP、営業担当、カスタマーサポート、製品本体)。
ステップ3:行動、思考、感情の「3要素」をマッピングする
マップの縦軸に以下の3要素を設定し、各タッチポイントにおける顧客の状況を記述します。
- 行動(Doing):顧客が何をしたか(例:Googleで検索した、資料請求ボタンをクリックした、FAQを読んだ)。
- 思考(Thinking):顧客が何を考えていたか(例:「この情報で合っているか?」「費用対効果はどうか?」)。
- 感情(Feeling):顧客がどう感じていたか(例:期待、不安、混乱、満足)。
ステップ4:「ペインポイント」と「喜びの瞬間」の発見と可視化
マッピングした「感情」をグラフ化することで、顧客の体験の良し悪しを可視化します。
- ペインポイント(Pain Point):感情曲線が急降下しているポイント。顧客の不安や不満が最も高まっている瞬間であり、優先的に改善すべき課題です。
- 喜びの瞬間(Gain Point):感情曲線が急上昇しているポイント。顧客の期待を超え、感動を生み出している瞬間であり、さらに強化すべき強みです。
ステップ5:具体的な改善策とKPIを設定し「実行」に繋げる
マップ作成を自己満足で終わらせないために、実行計画を立てます。
- 施策の紐付け:特定したペインポイントごとに、「いつ、誰が、何を、どう改善するか」という具体的なアクションプランを紐付けます。
- 効果測定のKPI:施策の効果を測るための指標(例:ペインポイントにおける離脱率、NPS、問合せ件数)を設定し、PDCAサイクルを回すための基盤を築きます。
CJMの真価:タッチポイント最適化によるLTV最大化戦略
CJMの真の価値は、顧客の感情の起伏を、顧客生涯価値(LTV)を最大化するための具体的な戦略に転換できる点にあります。
顧客の感情の起伏を「施策の優先順位」に結びつける
企業が持つリソースは限られています。CJMは、最も投資対効果の高い改善ポイントを教えてくれます。
- 離脱を防ぐペインポイントへの集中:感情曲線が極端に落ち込んでいる(ストレスを感じている)ポイントは、顧客が離脱したり、ネガティブな口コミを発したりする可能性が最も高い場所です。ここにリソースを集中することで、LTVの低下を防ぎます。
- 喜びの瞬間(Gain Point)の強化:顧客が「感動した」瞬間を特定し、その体験を意図的に、より強化・再現性高く提供することで、推奨(Share)やリピート購入を促し、フライホイールの回転を加速させます。
「購入後」のジャーニー設計:リピートとロイヤルティを高める戦略
従来のファネル(漏斗)が「購入」で終わるのに対し、CJMは購入後の「利用」や「推奨」フェーズまでを徹底的に設計します。
- オンボーディング:購入直後(特にSaaS)の「使い方に慣れない」というペインポイントを解消するための、個別化されたサポート設計。
- カスタマーサクセス:継続的な利用を通じて、顧客の事業成功に貢献するための能動的な働きかけ。
- コミュニティ化:推奨フェーズにおいて、顧客がブランドのファンとなり、自発的にポジティブな情報(UGC)を発信できる仕組みづくり。
【一次情報事例】顧客ジャーニーマップを経営に活かした日本企業の成功パターン
CJMの考え方を活用し、顧客体験を飛躍的に向上させた日本企業の事例を紹介します。
事例1:ANAのCJM戦略〜多様な顧客体験の「タッチポイント最適化」
全日本空輸(ANA)を傘下に持つANAホールディングスは、航空事業という非常にタッチポイントが多い分野において、CJMの概念を経営戦略に組み込んでいます。
- 課題の発見:航空事業は、予約、チェックイン、搭乗、機内サービス、到着後の手荷物受取など、多岐にわたるタッチポイントがあり、どこかでペインポイントが発生すると、顧客満足度が大きく低下します。
- 戦略的対応:同社は、ITやデータサイエンスを活用し、予約から搭乗までの各タッチポイントで発生する「待ち時間」や「情報不足」といったペインポイントを特定。特に、アプリを通じた手荷物追跡や、パーソナライズされた情報提供により、顧客の「不安」という感情を解消する施策に注力しています。
戦略の根拠: 航空業界の競争優位性は、単なる価格競争ではなく、「信頼と快適性」というCXに大きく依存します。ANAグループのCS(顧客満足)に関する発表資料やIR情報では、デジタル技術を活用した一貫性のある顧客体験の提供を、企業価値向上の重要な柱として位置づけています。
参考情報・引用元: ANAホールディングス株式会社 IR情報、CSRレポート、プレスリリースにおける顧客満足度向上やデジタル技術活用に関する記述。(例:ANAホールディングス 企業情報)。
事例2:メルカリのCJM戦略〜フリマアプリにおける「信頼性」の担保
株式会社メルカリは、CtoC(個人間取引)という信頼性が重要な鍵となる市場において、顧客ジャーニーマップの概念を活用し、ユーザーの不安(ペインポイント)を解消しています。
- ペインポイントの特定:CtoC取引では、「商品が届かない」「出品者とトラブルになる」「個人情報が漏れる」といった「信頼性」に関する強い不安が最大のペインポイントとなります。
- 戦略的対応:メルカリは、取引プロセスにおける「決済」「発送」「評価」の各タッチポイントにおいて、独自の「あんしん・あんぜん」な仕組み(例:メルカリ便、独自の決済システム)を整備。これにより、ユーザーの不安という感情を解消し、「手軽に利用できる」という喜びの瞬間に変えています。
戦略の根拠: メルカリのプラットフォームビジネスの成功は、単なる利便性だけでなく、「安心感」という感情的価値を提供し、ユーザーの継続利用(LTV)を促している点にあります。同社の公開資料や技術ブログでは、信頼性向上への継続的な投資が強調されています。
参考情報・引用元: 株式会社メルカリ 統合報告書、技術情報公開サイト、プレスリリースにおける「あんしん・あんぜん」への取り組みに関する記述。(例:メルカリ IR情報)。
顧客ジャーニーマップを成功させるための「データ活用」と「罠」
CJMを組織に浸透させ、実効性を高めるためには、いくつかの注意点があります。
マップを陳腐化させないために必要な「PDCAの仕組み」
CJMは一度作って終わりではありません。
- 「理想の旅」と「現実の旅」のギャップ検証:作成したマップは、あくまで「現状の顧客体験」を客観的に示すものです。これとは別に、「企業が提供したい理想の顧客体験」のマップを作成し、両者のギャップを埋めるための施策に優先順位をつけます。
- 定期的な更新と部門横断での浸透:顧客の行動や市場環境は常に変化するため、CJMは定期的にデータに基づいて見直し、関連する全部門の会議や研修で活用することで、組織の「共通言語」として生かし続けます。
CJMが単なる「きれいな図」で終わる最大の罠は、「客観的なデータ」ではなく、「社内の思い込みや主観」で作成してしまうことです。常に顧客の行動データ、特に離脱データやサポートログといった「生の声」を基に検証し続けることが、成功への鍵となります。
まとめ:CJMで顧客を深く理解し、愛されるサービスを構築する
顧客ジャーニーマップは、顧客の視点を経営の中心に据え、LTV(顧客生涯価値)最大化を目指すための最重要ツールです。
- ペルソナを設定し、顧客の「行動・思考・感情」を時間軸で描く。
- データに基づき「ペインポイント(隠れた不満)」を特定し、改善策の優先順位を決める。
- 購入後のジャーニーも設計し、ロイヤルティと推奨を高める施策に注力する。
CJMを通じて、あなたは顧客との接点すべてを「戦略的なタッチポイント」に変え、競合には真似できない一貫した、質の高い顧客体験(CX)を構築できるようになります。この顧客中心の視点こそが、サービスを「愛される存在」へと進化させ、持続的な成長を実現する源泉となるのです。
もし、貴社の事業において、「顧客の真の課題が特定できない」「部門間の連携が取れず、CXが断片的になっている」といった課題をお持ちであれば、戦略的なCJM設計が不可欠です。
株式会社MIPでは、貴社の定量・定性データに基づいたCJMの作成から、ペインポイントを解消しLTVを最大化するための具体的な施策立案までを一貫してサポートいたします。
貴社の顧客を深く理解し、競合を圧倒するCX設計を実現するために、ぜひ一度、お気軽にご相談ください。